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「世界王者キプチョゲ選手はなぜ圧倒的に強い?」走る研究室誌上討論

2022年4月01日

大学や大学院での研究経験を持ち、なおかつ箱根駅伝や全日本大学駅伝、日本選手権に出場している実力派のメンバーで構成されたコミュニティ「走る研究室」。
今回は「エリウド・キプチョゲ選手はなぜあそこまで圧倒的に強い」をテーマにディスカッションを行っていただきました。


東京マラソン前にウォーミングアップをするキプチョゲ選手(写真/小野口健太)

東京マラソン前にウォーミングアップをするキプチョゲ選手
写真/小野口健太


世界王者の秘密は「心拍数」「精神力」にあり?

近藤 キプチョゲ選手の情報はネット上などであまり公開されていないのですが、強さは最大酸素摂取量やランニングエコノミーというデータでは説明できない部分にあると思っています。(ケニアやエチオピアには)キプチョゲ選手と同じぐらいの数値の選手はいるはずです。

三津家 2017年に行われた2時間切りイベント「Breaking2 ※1」(キプチョゲ選手は2時間0分25秒)には他にも2人挑戦者がいたのですが、この3人は世界トップレベルの選手40~50人の中から「生理学的数値が高い」という理由で選出されています。だからデータ的にはそれほど差がないはずなのに、実際に走るとキプチョゲ選手と2人には大きな差がつきました。トップ選手は生理学的数値とタイムが必ずしも相関するわけではありません。

古川 「カーディアックドリフトの大きさ※2」という指標が関係しているかもしれない、と思っています。これは長時間運動時の心拍数の上がりやすさを示す指標です。2時間以上走り続けるマラソンではこの指標が重要だと私は考えていますが、ランニングエコノミーなどの測定をする時は10分間程度しか走らないので、心拍数の上がりやすさまでは反映しきれません。つまり、キプチョゲ選手はマラソンの後半に心拍数が上がりにくい能力を持っているのではないかと。

三津家 疲労耐性と言われる部分ですね。

編集部 それは鍛えられるのですか?

古川 感覚としては、長い距離を走るトレーニングなどで鍛えられそうですが。

福田 「確固たる信念」も大きいと思います。彼のBreaking2のインタビューを見ると「あなたたちはできないと思っている。でも私はできると思っている」と言っていました。こういった精神力というのは数値化されません。

近藤 負けるイメージがないのでしょうね。僕もレベルは違いますが、レース前に「行ける」と思っている時はたいてい結果が出ます。

古川 「心理的競技能力」という指標があるのですが、あるデータを見ると、地区大会レベルの選手よりも全国大会レベルの選手の方が競技への自信がある、という結果が出ています。強いから自信があるのかもしれないけれど、逆に自信があるから強くなれるという側面もあると思います。

三津家 どうやって自信をつけるかですね。公開されているキプチョゲ選手の練習を見ると、タイムに挑戦するのではなく、確実にできる範囲の練習を積み重ねています。

近藤 本当に強いランナーって周りを気にしていないと思います。僕のチームでも強い選手に限って練習では誰とも競っていません。

古川 キプチョゲ選手は「苦痛とはひとつの見方でしかない。他の見方、つまり走る喜びやゴールした時のことを思い浮かべて苦痛を紛らわすようにしている」とも言っています。彼が身体的に優れていることは間違いないですが、精神的な強さも大きそうですね。


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※1 2017年5月にイタリアで行われたイベント。ナイキの厚底シューズが初めてお披露目され、3人が「マラソン2時間切り」に挑戦したが、キプチョゲ選手の2時間25秒が最高だった。キプチョゲ選手は2019年10月に同様のイベントで1時間59分40秒を記録した。

※2 長時間運動時には、心拍数がドリフト(漸増)することが知られている。深部体温の上昇や脱水に由来するとされている。


左から古川大晃さん、近藤秀一さん、三津家貴也さん、オンライン参加:福田裕大さん(写真/軍記ひろし)

左から古川大晃さん、近藤秀一さん、三津家貴也さん、オンライン参加:福田裕大さん
写真/軍記ひろし


古川大晃
東京大学大学院博士課程1年。九州大学大学院から昨春に東大院へ。2021年箱根駅伝予選会で88位に入り、学生連合メンバーに選ばれた。2月27日の大阪マラソンで2時間17分37秒の自己ベスト

近藤秀一
GMOインターネットグループ所属。東京大学4年時に学生連合で箱根駅伝1区出走。卒業後は実業団に所属しながら大学院での研究を続けた。2020年日本選手権5000m出場。フルマラソン2時間14分13秒(2017東京)

三津家貴也
ランニングコーチ、モデル、体育講師、インフルエンサーなどの活動を行うマルチタレント。高校時代は800mでインターハイ6位。筑波大学大学院を経て社会人になってから800mで日本選手権出場。フルマラソン2時間32分35秒(2021Beyond ※ 非公認レース)

福田裕大
ソフトウェア開発企業経営。
金沢大学在学中は5000mや1万mなどで北信越学生記録を計5回更新し、出雲駅伝、全日本大学駅伝に出場。学生時代からランニング関連のアプリを開発。1万m28分52秒、フルマラソン2時間18分46秒(2021びわ湖)

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