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脳のリミッターをはずして速くなる!⑥

2026年7月01日

目を薄くして視覚情報を制限 脳のエネルギー消費を抑える
フル2時間24分の産業医 清本芳史

レースの時は、蓄えた糖質をいかに効率よく消費していくかが大切だと思っています。一番エネルギーを使うのは脳なので、脳ができるだけ消費しないようにし、身体の筋肉により多くエネルギーのリソースが使われるよう意識します。 そのため私は、レースではできるだけ「薄目作戦」です。目から余計な情報が極力入らないように、薄目にして、前のランナーの背中だけを意識して、ボーっと走るようにします。

2008年、当時厚生労働省に勤めていて、多忙であまり練習を積むことができずに出場した福岡国際マラソンでは、スタートしてから目の前のランナーの背中をひたすら薄目でボーっと見ながら走っていたら、キツいながらも食らいついて、気づくと38km地点でした。そこからは単独走になりましたが、最後まで粘り2時間30分を切ることができました。満足に練習はできていなかったけれど、自分の実力をうまく引き出せたレースだったと思っています。

11回完走したサロマ湖100kmでは、毎回70kmあたりでキツい局面が訪れます。そこでいつも、家族の名前をつぶやいて自分を奮い立たせ、脳に刺激を入れていました。子どもや親しい人たちのことを意識すると、不思議と粘ることができるのです。

前のランナーを薄目で見続けサブ2.5
前のランナーを薄目で見続けサブ2.5

きよもと・よしふみ(47歳)
産業医。フルマラソン自己ベスト2時間24分40秒(2017福岡国際)、
100km自己ベスト6時間44分9秒(2015サロマ)。


人生もマラソンも「乗り越える」ではなく「受け入れる」
サブスリー僧侶 清水雄介

3時間3分を出してから次はサブスリー、と思って4年。今度こそと挑んだ22年長野マラソンの35km地点で、「またここでダメになるんじゃないか」という弱気が脳をかすめかけたとき、ペーサーの方が「皆さん、ここからは集中力。自分に騙されないようにしましょう」という声掛けをしてくれました。 それを聞いて「脳だ」と思い、それまで何度も35kmから失速したイメージを捨て去り、「残り7ラップに集中すればいける。これは練習でやってきた、ロング走翌日の1000mインターバルの4本目、5本目だ」と思考を切り替え、2時間58分41秒の初サブスリーでゴールすることができました。

今年2月の別府大分では、39kmまであっという間に過ぎ、以降も「あとキロ何分でいけば2時間53分台が出る」と、もう一人の自分が冷静に判断している状態で、40〜41kmはペースを上げてキロ4分を切っていました。脳のリミッターがはずれた状態だったと思います(2時間54分8秒でゴール)。

仏教的に言うと、人生もマラソンも「乗り越える」ものではなく「受け入れる」ものではないかと思います。うまくいったレースは、自分の能力、状態を客観視しながら、冷静に受け入れることができ続けていたと思うのです。

長野マラソン35kmで気づいた脳との向き合い方
長野マラソン35kmで気づいた脳との向き合い方

しみず・ゆうかい(52歳)
信州善光寺徳寿院住職。自己ベスト2時間54分0秒(24年東京)。


「これがダメなら次はこれ」目標がたくさんあると脳があきらめてくれる
フル完走78回ライター 吉田誠一

本特集で吉田響選手や脳の専門家を取材した吉田誠一さんが、自身の体験を交えて考察した。

マラソンは「脳との闘い」だと20年以上前から思ってきた。脳による揺さぶりに勝たなくてはならない。走行中の疲労感や痛みは脳が発する「偽の情報」ではないかという話が市民ランナーの間に広まっている。
では、その偽とされる情報とは何なのか。南アフリカのティム・ノークス博士が提唱した「セントラルガバナー理論」が一つの回答になるようだ。「運動中に生理学的な破滅状態が起きるのを防ぐため、特有の中枢神経系によって運動を制御し、エネルギーの余力を残している」

その仕組みについて電気通信大学大学院情報理工学研究科の安藤創一准教授は「気づいたらペースが落ちている。でも、もうすぐゴールだと思うとペースアップできる。こうした現象はこの理論で説明できるかもしれない。制御を打ち破れるかどうかはランナーのレベルや性格によるところが大きいと思う」。私は激しい雨の中、びしょ濡れで失速した、かすみがうらマラソンの終盤、ヤケクソになって加速できたことがある。 「身体が冷えるので早く終わらせてしまおう」という思いが脳の制御を緩めたのかもしれない。

「30kmの壁」というものがある。しかし、100kmマラソンの苦境は30kmではなく70kmで迎えることが多い。壁が現れるのはどちらも総距離の70%。脳はその日、課された距離をもとに7割の地点でブレーキを掛けるのではないか。フルマラソンは60㎞走るつもりでスタートすれば壁を回避できると考えるが、残念ながら脳を欺けたためしがない。

大半のレースで脳に屈する。偽かもしれない情報をあっさりと受け入れる。そうした中で近年、私はつらくなったら「頑張れ!」ではなく、「頑張るな」と自分に言い聞かせている。 頑張ってしまうと余計にフォームが崩れ、精神的にも余計にキツくなる。「頑張るな」という呪文は吉田響選手の脱力と同系列のものだと感じる。しかし、私の場合、そのうち本当に頑張れなくなってしまう。目標は持ったほうがいい。だが、私のようにだらしのないランナーは「このペースでは目標突破は無理」と気づいたとたんに急失速する。これも私の目標を知っている脳が「はい、これでは到底、無理です!」と喜び勇んでブレーキを掛けるのではないかと感じる。脳を困らせるには「これがダメなら次はこれ」と、目標を2つも3つも用意していたほうがいい。

ゴールまでの残りの距離を計算するのも良くない。「あと15㎞」と認知すると「あと15㎞もあるのか」と感じてしまう。脳は「あと15㎞もあるんですよ。走れるんですか」とジャブを打ってくる。だから、私は強がって「あと15㎞で終わっちゃうのか」と返す。疲労感との闘いは、その疲労感を発生させて私の脚を止めようとする脳との闘いということになる。100㎞を超える超ウルトラの場合、そのせめぎ合いが延々と続く。「もうやめなさい、やめなさい」と脳が言う。そのうち頭が麻痺して、つらいのか、そうでもないのか、よく分からなくなってくる。

そうしているうちに脳があきらめてくれる瞬間があるような気がする。 「そんなにレースを続けたいなら勝手にしなさい」と。 みちのく津軽ジャーニーラン266㎞の最終盤の10㎞近くをスタート時のようなパワーで、何の痛みも感じずに走れたのは、脳が私を放棄したからかもしれない。きっと、脳があきれちゃったんだね。

吉田誠一さん

よしだ・せいいち(64歳)
元日本経済新聞記者。毎月本誌で原稿を執筆。
フルマラソン完走78回。100km完走13回。フルマラソン自己ベストは3時間16分2秒(2012東京)






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