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フルマラソンの理想はネガティブスプリット!? ペース戦略を科学で検証!②

2023年12月01日

糖質を温存して後半に備える

鍋倉教授の言葉を借りると、多くの市民ランナーは後半大きく失速しているので、「力を出し切れていない」ことになる。それでは、市民ランナーはどのように走ればベースダウンしないのだろうか。「最も避けなくてはいけないのが、前半を目標のタイムよりも速く走ってしまうこと。つい目標ペースより速く走って『貯金しよう』と考えてしまう人が多いのですが、これは失速の危険が高まります。イーブンベースを守ることを基本に、むしろ世界記録保持者たちのようにネガティブ(後半型)でもいいかな、というぐらいの余裕を持って走るべきです」と鍋倉教授は言い切る。
大きな理由はエネルギー切れ回避だ。前半のペースを抑えることで脂質中心に走ることができ、貴重な体内の糖質(グリコーゲン)を節約できる。たとえば体重60kgの成人男性の場合、マラソンで消費するのは2500キロカロリーほど。体内のグリコーゲン量は約1800キロカロリーだが、実際にはこれらを全部マラソンに充てられるわけではない。マラソンでは少なくともエネルギーの半分程度は脂質でまかなう必要があるという。これがハーフマラソンとの大きな違いだ。

脂質優位に走るためには、「主観的運動強度」で13の「ややきつい」強度、血液中の乳酸値なら2ミリモル/molの「乳酸性閾値」(LT)手前の強度となる。このスピード域を超えると、糖質が乳酸に変換されて消費が早くなり、大きなエネルギーを発生させると同時にきつさも強くなるのだ。貯金をつくろうと思うと「ややきつい」の範囲を出て糖質を多く消費してしまう可能性が高いのだという。
「キプチョゲやキブタムは前半をキロ2分50秒ちょっとで走りますが、彼らはこのペースで脂質をガンガンに燃やしているはず。つまり彼らにとってキロ2分50秒はジョグよりちょっと速い程度で十分に余裕がある。後半に糖質の消費を増やすと、キロ2分45秒とかに上がるわけです」(鍋倉教授)

ただし、レースの注意点として「多くの人が高揚感で目標ペースを楽に感じてしまい、ついペースを上げがち」と指摘する。その上で「市民ランナーの場合、目標ペースがかなり楽でも前半を抑え、後半から上げるつもりで頑張って、ようやくペースを落とさずに済む、というくらいではないでしょうか」と分析する。主観ネガティブ+客観イーブン、というペース配分だ。


マラソン走行中のグリコーゲンと脂肪の燃焼効率
マラソン走行中のグリコーゲンと脂肪の燃焼効率

約30kmを超える頃から体内のグリコーゲンの貯蔵量によってランニングスピードに差が現れる。ただし、走行中のグリコーゲンを100%使用したランナー(C)、95%使用したランナー(B)、90%使用したランナー(A)の3者でその後の脂肪燃焼効率が異なってくる。(山地「マラソンを走る・見る・学ぶQ&A100」より)



「フルマラソンは長いので、前半から頑張りすぎると脳も身体も最後まで持ちません」 (川越コーチ)

脳の疲労を抑えてベースダウンを防ぐ

「レース本番力の罠」にはまらず、イーブンベースを意識することは脳の仕組みからいっても効果がありそうだ。
前ページのデータで分かったように、多くの市民ランナーは後半大きくペースダウンしているため、ほぼイーブンで走れれば、失速するランナーをひたすら抜き続けることになる。
かつて世界選手権女子マラソン入賞の嶋原清子、加納由理らを指導し、メンタルトレーナーの資格を持つ川越学コーチは、「後半にどんどん順位を上げていければ、気分が良くなるので脳が疲労を感じにくいんです」と説明する。
「サブフォーを目指すのであれば、キロ平均は5分41秒です。でも、『最初はキロ6分かかってもいい、後半にかけて上げていこう』ぐらいのゆとりを持って走り出してほしいですね。フルマラソンは長いので、前半から頑張りすぎると脳も身体も最後まで持ちません。脳の力を生かすために、時にはネガティブスプリットを狙ってみることもありだと考えています」

山本教授は「脳は疲労するので、いかに脳を騙せるかトレーニングしておくことも重要」と補足する。「疲労」の仕組みは複雑だが、端的に言えば脳が総合的に「今のペースを維持できない」と判断すればペースが落ちる。グリコーゲンの減少も要因の一つで、「体内のグリコーゲンが減り過ぎたようだから消費を抑えよう」と脳が判断した時にベースダウンが起きる。
そこで、マラソンの強度(ややきついペース)で走るトレーニングの時は「ややきついということは、十分に余裕があるということだ!楽しいな!」と、脳に対してポジティブに働きかけてあげることが有効だという。そうすることでフルマラソンのレース中にも脳が「このペースで問題ない」と判断するため、疲労が軽減できるのだ。


メンタルトレーナーとしての視点からも「後半型」を推奨する川越学コーチ
メンタルトレーナーとしての視点からも「後半型」を推奨する川越学コーチ

ネガティブスプリットを目指すべき理由

各専門家の見解をまとめると、市民ランナーが目標タイムを目指す場合はオーバーペースを極力避け、仮に楽に感じたとしてもイーブンベースで走ることが「脂質代謝を優位にし、糖質を後半まで温存する」という観点から有効だといえる。

そして、一般的な市民ランナーは多くが後半ペースダウンしていることから、糖質を温存した結果イーブンペースを維持できたり、少しの落ち込みにとどめられれば、30㎞以降多くのランナーをごぼう抜きできる。これによって、「脳の疲労」を抑えてより元気に走り続けることができるだろう。
また、もしこれまでイーブンペースを心がけていても失速してしまう人は、一度ゆっくりすぎるぐらいペースを抑えて前半走り出し、ネガティブスプリットを狙ってみるのもありかもしれない。マラソンはメンタルが非常に重要なスポーツであるため、一度「後半ペースアップ(もしくはイーブン」で走り切ったという成功体験があれば、その後のレースでも失速を抑えられる可能性があるのだ。
「失速せずに走り切りたい」というランナーのみなさん、ぜひ当記事を参考に「最後まで力を出し切るフルマラソン」を体験してほしい。


【コラム】リスクを考慮した「前半型」パターン

ペースメーカーのように、目標タイムを確実にクリアすることを目的とした場合は「前半で貯金を作っておく」戦略も選択肢としてあり得なくはない。
ミズノランニングクラブでペースアドバイザーを35年務め、3時間切りのペースメーカーだけで20回以上走ってきたサブスリー請負人、福澤潔さんは「前半で2分程度の貯金を作っておく」と言う。1kmあたり6秒程度で20km=2分の余裕を確保し、後半は目標ペース。すると、サブスリーを目指す場合には2時間58分ほどでゴールすることになる。
この場合、トイレや給水、後半の上り坂や向かい風などで多少ロスがあったとしても許容範囲内に収まりやすい。鍋倉教授が関わるつくばマラソンのペースメーカーも同様で、2〜3分の余裕を持ってゴールできるようペース管理するとのことだ。


35年もの間ペースアドバイザーを務めてきた福澤潔さん
35年もの間ペースアドバイザーを務めてきた福澤潔さん

【コラム】レース中の「心拍数」でオーバーペースを防ぐ

ネガティブ、もしくはイーブンベースで走り切りたいと考えても、レース当日にどのくらいのタイムで完走できるかは走ってみないと分からないのも事実だ。そこで、鍋倉教授はペース配分の目安として「心拍数」を挙げる。
「フルマラソンのレースペースでの心拍数を分析すると、20kmから25kmあたりまでは心拍数は変化しません。しかし、後半失速するランナーは20km手前から心拍数が上がり始めるのです」
一定のペースで走っている時に心拍数が徐々に上がっていく現象は「心拍ドリフト」と呼ばれる。これが前半で起きてしまうのはオーバーペースであり、後半に失速する原因となる。それを防ぐためにはレース前半は5km、10km、15km……と定期的に心拍数をチェックし、心拍ドリフトが起きていないことを把握しながら走るのが良いという。
「今は腕時計で簡単に心拍数が測れますし、数値は人によって異なるので、過去のレースの時のデータが指標になると思います」


GPSウォッチを使えば走行中の心拍が計測できる
GPSウォッチを使えば走行中の心拍が計測できる






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