※本記事は『ランナーズ2026年7月号』掲載内容になります。
写真/AFP/アフロ
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ついに壁が破られた――。4月26日に開催されたロンドンマラソンで、ケニアのセバスチャン・サウェ選手が1時間59分30秒と、人類初のフルマラソン2時間切りを達成。この記録は2019年にウィーンの非公認イベントでケニアのエリウド・キプチョゲ選手がマークした1時間59分40秒も破る、正真正銘の最速タイムだった。
レースは中間点を1時間0分29秒で通過すると、30㎞から40㎞までを27分36秒にペースアップ。後半ハーフマラソンを59分1秒で駆け抜けた。2位のヨミフ・ケジェルチャ選手(エチオピア)は、初マラソンながら2時間を切る1時間59分41秒、3位のジャコブ・キプリモ選手(ウガンダ)も従来の世界記録を上回る2時間0分28秒だった。
なお、完走者数も5万9830人と世界最多だった。
ロンドンマラソン2026
[完走者数]5万9830人
[男子優勝]セバスチャン・サウェ(1時間59分30秒)※世界新記録
[女子優勝]ティギスト・アセファ(2時間15分41秒)※女子単独レース世界新記録
達成年 達成者(国籍) 記録
1908 John Hayes(USA)2:55:19
1909 Robert Fowler(USA)2:52:46
1909 James Clark(USA)2:46:53
1909 Albert Raines(USA)2:46:05
1909 Henry Barret(GBI)2:42:31
1909 Thure Johansson(SWE)2:40:35
1913 Harry Green(GBI)2:38:17
1913 Alexis Ahlgren(SWE)2:36:07
1920 "Hannes" Kolehmainen(FIN)2:32:36
1929 Harry Payne(GBR)2:30:58
1935 Yasuo Ikenaka(JPN)2:26:44
1935 Kitei Son/Sohn Kee Chung(JPN/KOR)2:26:42
1952 James Peters(GBR)2:20:43
1953 James Peters(GBR)2:18:41
1953 James Peters(GBR)2:18:35
1954 James Peters(GBR)2:17:40
1958 Sergey Popov(URS)2:15:17
1960 Abebe Bikila(ETH)2:15:17
1963 Toru Terasawa(JPN)2:15:16
1963 Leonard "Buddy" Edelen(USA)2:14:28
1964 Basil Heatley(GBR)2:13:55
1964 Abebe Bikila(ETH)2:12:12
1965 Morio Shigematsu(JPN)2:12:00
1967 Derek Clayton(AUS)2:09:37
1970 Ron Hill(GBR)2:09:29
1974 Ian Thompson(GBR)2:09:12
1978 Shigeru So(JPN)2:09:06
1980 Gerard Nijboer(D)2:09:01
1981 Robertde Castella(AUS)2:08:18
1984 Steve Jones(GBR)2:08:05
1985 Carlos Lopes(POR)2:07:12
1988 Belayneh Densimo(ETH)2:06:50
1998 Ronaldo da Costa(BRA)2:06:05
1999 Khalid Khannouchi(MAR)2:05:42
2002 Khalid Khannouchi(USA)2:05:38
2003 Paul Tergat(KEN)2:04:55
2007 Haile Gebrselassie(ETH)2:04:26
2008 Haile Gebrselassie(ETH)2:03:59
2011 Geofrey Kiprono Mutai(KEN)2:03:02*
2011 Patrick Makau(KEN)2:03:38
2013 Wilson Kipsang(KEN)2:03:23
2014 Dennis Kimetto(KEN)2:02:57
2018 Eliud Kipchoge(KEN)2:01:39
2023 Kelvin Kiptum(KEN)2:00:35
2026 Sabastian Sawe(KEN)1:59:30
※世界陸連発行の「世界記録変遷」(2024)より。
Derek CLAYTONが1969年に出した2時間8分33秒は当時世界記録として認められていたが、距離不足の疑いがあるため本データには入っていない。また、ボストンマラソンは世界記録として認められない下りコースであるものの、記録の変遷を見るという意味合いで記載されている。*下りコース
鍋倉賢治先生(筑波大学教授・ランニング学会前会長)ロンドンマラソンで2時間切りが実現した背景にはどんな要素があったのか。筑波大学の鍋倉賢治先生が科学的見地から分析した。
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近年の状況から、条件がそろえばいつでも2時間は切れるのではないかという認識でしたので、今回の結果に驚きはありません。とはいえ、後半のハーフが59分1秒というのはすごいです。前半のペースが非常に楽で、乳酸性代謝閾値(※1)を少し下回る水準で走れたのだと考えられます。だから後半は糖質代謝の割合を増やしながらペースアップできた。後半が1分半近く速いというのは、それだけ前半に余力があったという証拠です。力みのないフォームでずっと走っていたという印象で、2人がずっと一緒に走っていたことも、「負けられない」という心理が働いてプラスだったと思います。
生理学的には、イーブンペースに近い方がタイムを出しやすいと考えられますから、ペース配分によってまだ記録を縮められる余地は十分にあるのではないでしょうか。
※1…スピードを上げていったとき、乳酸が血液中に急増し始めるポイントのこと。これより速いペースで走ると、グリコーゲンやグルコースといった糖が盛んに消費され、代謝産物である乳酸が急増していく。
私は2009年にジョグノートというサイトでマラソン2時間切りの可能性について持久係数の観点から次のようなコラムを書きました。トラックの5000mと1万mで世界記録を何度も更新したハイレ・ゲブレセラシェ(エチオピア)がもっと若い時にマラソンを始めていれば、あるいは当時トラック専門だったケネニサ・ベケレ(同)がフルを走れば達成できただろう、という内容でした。彼らが若い頃に昨今の厚底シューズで走っていれば2時間を切った可能性は十分あります。今回の記録は驚きというより、むしろ必然だったと思っています。
生理学的に見ると、心拍数は200/分、換気量は160リットルが限界のため、最大酸素摂取量(VO2MAX)は85ml/㎏/minあたりが人類としての上限と考えられています。トップ選手は乳酸性代謝閾値もVO2MAXの85~90%に到達しており(※2)、これが100%になることもありえない。そうすると改善の余地はランニングエコノミーしかないのですが、これもほぼ限界まできていました。そこにランニングエコノミーを4%改善させるシューズが登場したのです(※3)。
テクノロジーが記録を上げているという論文も発表されています。厚底シューズがなくても世界記録は更新されたかもしれませんが、ここまで大幅には上がらなかったはずです。
※2…VO2MAXの85~90%の酸素摂取量であれば、長時間運動し続けられるという意味。
※3…ナイキが2017年に発売した「ズームヴェイパーフライ4%」はランニングエコノミーを平均4%改善するという研究結果から名付けられた。
条件をみると、ロンドンのスタート時の気温10℃前後は、トップランナーにとってちょっと暖かすぎるくらい。研究論文によるとエリート選手におけるマラソンの最適温度は6℃前後とされています。サウェ選手は昨年のベルリンマラソンで25℃前後まで上がる中2時間2分16秒で優勝していますが、25℃だと適温に比べて3~4分は遅くなると言われています。そのため、昨年の時点ですでに2時間切りの実力を持っていた可能性が高いです。
トレーニングについては、新たな方法が登場するというよりは、個人に合わせてカスタマイズしていくことが大事だと考えられます。また、テーパリング(調整)についても研究の余地があり、今後はこのあたりに注目が集まっていくかもしれません。
これから世界のマラソンは前半のハーフを59分45秒くらいで入って、後半を上げられる選手が記録を更新していくのではないかと考えられます。1時間58分台は射程圏内ですし、ペースメーカー次第では、さらなる記録短縮が実現するかもしれません。
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