スポーツ栄養
SPORTSQuestion
フルマラソン終盤で毎回ガクッとペースが落ち、ガス欠になりがちです。持久力を高めるにはどうしたらいいでしょうか?
Answer
細胞の中でエネルギーを作り出す『ミトコンドリア』に注目。トレーニングによってその働きを高めたり、脂質(体脂肪)を効率よくエネルギーに変えることができるようになります。
回答者:深野祐子(管理栄養士・ランニングコーチ)
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――フルマラソン30km過ぎでいつもガス欠のようになってしまい、その壁がなかなか乗り越えられないんです。
深野先生(以下F):ランナーに多い悩みですよね。マラソンは長時間身体を動かし続けるスポーツですから、持久力を高めてスタミナをアップすることが必要です。つまり、身体が長い時間エネルギーを「生み出し」続けなければならない、ということになります。
――ふむふむ。身体に必要な燃料を蓄えたつもりでも、それを本番で最後まで「エネルギー」を生み出し続けてくれないと……うまくいかないですよね!
F:そういうことですね。私たちは生きているだけで(たとえじっと寝ているだけでも!)心臓を動かして、脳や胃腸などに血液を送って…とエネルギーを必要としています。他にもモノを落としてとっさに拾うとか、器を動かすとか、トレーニングに限らず、筋肉を使う私たちの身体の動きのすべては、エネルギーが必要です。
それが走るとなれば…特にフルマラソンのような長時間身体を動かすようなスポーツに挑戦する場合は、かなり多くのエネルギーが必要になります。こういった運動時の主なエネルギー源は、食事から摂る糖質・脂質です。
それらの栄養素は、食事から摂って身体の中でそのままエネルギーとして使われているわけではなく、いったんATP(アデノシン三リン酸)という物質に作りかえられています。お金に例えて「エネルギー通貨」なんて呼ばれることもありますよ。
――エネルギー通貨、なるほど! それはジャンジャン作って用意しておきたいところですね~。
F:ところが、このエネルギー通貨、残念ながら貯めておくことはできません。コインを入れて遊ぶ遊具をイメージしていただくと分かりやすいでしょうか…、一定期間で効力が切れてしまえば、身体は動かなくなってしまいます。つまり、常に体内で作り続けなければいけない物質なんです。
ランナーの場合、走るということはそれだけエネルギーが必要となるので、走るために必要な量のATPをどんどん作っていかないとなりません。
エネルギー通貨は貯めておくことができない…
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――それは大変。そもそも「ATP」はどうしたら作り出せるものなんですか?
F:走るときなどの運動時の主なエネルギー源は、食事からとる糖質や脂質です。糖質は筋肉や肝臓などにグリコーゲンとして、脂質は体脂肪として蓄えられています。
運動するときは、糖質(グリコーゲン)や、脂質(体脂肪)を分解してできる脂肪酸をエネルギー源として、「ATP」を作り出しているのですが、運動の強度によって、身体の中で使われるエネルギー源の割合が変わります。
運動強度が高くなると(息が上がるようなハードな運動)、筋肉に蓄えられている糖質(グリコーゲン)を主なエネルギー源として利用し、運動強度が低くなると(楽だな~ややキツイ程度の運動)、脂質を分解してできる脂肪酸を主なエネルギー源として利用します。
エネルギー源である糖質や脂質って、身体の中にどれくらいの量を蓄えているかご存じですか?
――脂質は体脂肪として蓄えている…ということは、体重60㎏で体脂肪率が20%の人なら…体脂肪の量は12kgですか?!
F:はい! 体脂肪が12kgなら約84,000kcal分のエネルギーを蓄えている、という計算になります。(体脂肪1g=約7kcalとして算出)
一方、糖質は血液中の血糖として、またグリコーゲンとして肝臓に約100g、筋肉に約300~500g程度しか身体の中に貯蔵されません。(筋肉量や食事の内容によっても蓄えられる量は変わってきます。)日々トレーニングをしているアスリートでも、約2,000kcal程しか蓄えておくことはできないのです。
フルマラソンを1回走るのに必要なエネルギーは…おおよその目安として、体重(kg)×距離(42.195km)で求めることができるのですが…例えば体重60kgの方なら約2,500kcalのエネルギーが必要になります。身体に蓄えられた糖質だけでは、フルマラソンを1回走り切るのには、ちょっと足りないんです。。。
――もしや、それが30kmの壁…ガス欠の原因に?
F:そうですね。“30kmの壁”の主な原因は、身体に貯蔵できる量の少ないグリコーゲン(特に筋肉のグリコーゲン)が減少したり、枯渇することが関係している、と考えられています。
脂質(体脂肪)が大量に残っていても、糖質(グリコーゲン)が枯渇してしまっては、エネルギーをうまく生み出せなくなってしまうのです。
長時間エネルギーを生み出すためには、糖質だけではなく脂質(体脂肪)の力をうまく利用しなければなりません。
――私はまさにそれです! 先生、脂質を、脂質を使いたいです……!
F:脂質を使うプロセスは糖質より多くて手間がかかるので、すぐにエネルギーの必要な強度の高い運動のときには使いにくいのですが、同じ重量なら糖質の倍以上のエネルギーを取り出せるぐらい豊富にあるのも特徴。そのたくさんある脂質(体脂肪)を効率良く使えば、持久力やスタミナアップに繋がり、質の高いトレーニングを行うこともできるようになります。
――いいですね! それはつまり目標レースでのスタミナ維持、好結果にも繋がりますね。
F:効率よく体脂肪を燃焼させるためには、グリコーゲンの枯渇を防ぐことがポイントです。そのためには、まず糖質(グリコーゲン)をしっかり「蓄える」必要があります。運動前や運動後に糖質を十分に摂取して、グリコーゲンの貯蔵量を増やすこと。もう一つは、持久的なトレーニングを継続して行っていくこと。持久的なトレーニングの積み重ねで筋肉への糖の取り込み能力が高まり、グリコーゲンの貯蔵量も増やすことができます。
――なるほど…グリコーゲンの枯渇を防ぐためには、まず「蓄える」ことが大事なんですね!
F:もう一つのポイントは、グリコーゲンの「節約」です。
持久的なトレーニングを継続していくことで、運動時の糖質を「節約」できるようになってきます。実はこれには、細胞の中にある『ミトコンドリア』という器官が深く関係しています。
――…『ミトコンドリア』ですか??
F:先ほどから運動するときのエネルギー源として、主に糖質と脂質を利用して、「ATP」を作り出している、とお話ししてきましたが、このエネルギー通貨である「ATP」を作り出しているのが、『ミトコンドリア』なんです。エネルギーを生み出す工場のようなところですね。
『ミトコンドリア』は持久的なトレーニングを継続することによって、その働きを高めることができるんです!
『ミトコンドリア』の働きが高まることで身体にたくさん蓄えている体脂肪をエネルギー源としてより効率よく使うことができるようになります。つまりグリコ―ゲンに無駄に手をつけることなく「節約」できるんですね。
――グリコーゲンを「蓄える」ことに加えて、ミトコンドリアで体脂肪をうまく使って糖質(グリコーゲン)を「節約する」、の両輪のバランスを取ることで、30kmの壁を乗り越えて走り続けることができる、ってことですね!
F:そうですね。『ミトコンドリア』の働きを高めることで身体に大量に蓄えている脂質(体脂肪)を使って、少ししか蓄えることのできない糖質(グリコーゲン)の枯渇を防げれば、より長い時間エネルギーを生み出し続けることができる、ということです!
そのためには、持久的なトレーニングを継続していくことが欠かせません! 一方で、持久的なトレーニングによる酸化ストレスによって『ミトコンドリア』がダメージを受けるとエネルギーを生み出す力が弱まってしまうという問題も出てきます。そのあたりを解決する方法もちゃんとあるので、次回お話しますね!
【PART2】につづく
《参考文献》
▶運動と疲労の科学 下光輝一・八田秀雄著(大修館書店)
▶新版 乳酸を生かしたスポーツトレーニング 八田秀雄著(講談社)
▶スポーツ栄養学最新理論 2020年度版 寺田新 編著(市村出版)