スポーツ栄養
SPORTSQuestion
涼しくなってきたので、走り込みやインターバル練習を取り入れていこうと意気込んでいます。でも、夏の疲れが残っているのか、なんだかだるいような、体調がイマイチです。何か原因があるのでしょうか?
Answer
ロング走などの長時間のランニング、またはハードなトレーニングは、筋肉だけではなく腸などの内臓にもダメージを与えます。栄養補給や水分補給の方法を工夫して防いでいきましょう!
回答者:深野祐子(管理栄養士・ランニングコーチ)
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――夏の間がんばって練習していたせいか、何だか最近疲れが抜けないような、身体がだるいような、体調がイマイチな日が続いています…夏の疲れが出てきたのかなぁ…?
深野(以下F):もしかしたらそれは、マラソンを目指すようなハードなトレーニング(ペース走、インターバル練習など)や長時間の練習(1時間以上走る、20km走、30km走など)によって、身体が炎症を引き起こしているのかもしれません。
ハードなトレーニングや長時間の練習をすると、筋肉痛になったり、筋肉が張ったりするのを経験したことがある方も多いと思います。筋肉痛は筋肉で“炎症”が起こったことによるトラブルです。特に時間差で起こる筋肉痛は、ハードな運動によって筋線維などに小さな傷ができて、その傷を修復するために炎症が起こるために痛みを伴う…と考えられているんですよ。
実はこの炎症、特に激しい運動(ハードなトレーニングや長時間の練習)では、運動によるダメージの結果、筋肉だけでなく、身体全体にも炎症が起こってしまうのです。
――身体の中でも炎症が起こっているんですか⁉ トレーニングのあと筋肉痛になることは結構ありますが、筋肉だけでなく“身体の中”で炎症が起こっているなんて考えたことはありませんでした(汗)!
F:“炎症”は身体でおきた異常な状態をもとに戻す防御反応で、私たちの身体を守るための反応です。通常であれば、その炎症は一時的で、一定の休息をとることで修復・回復するのですが……。
トレーニングと休息のバランスが崩れて炎症が起こった状態が続いてしまうと、免疫機能を低下させてしまったり、回復を遅らせてしまうのです。
――練習の強度が上がったり、長時間続くと、トレーニングと休息のバランスが崩れてしまうのですね……!
F:そうです。ハードなトレーニングなどで炎症が起こったり、トレーニングと休息のバランスが崩れると炎症が長引いてしまうんですね。筋肉痛のようなわかりやすいもの以外に「やる気が起こらない」「疲労感がとれない」「食欲低下」「消化不良」などの症状も引き起こします。レースに向けて日々負荷の高いインターバル走やロング走などのハードなトレーニングを積み重ねたり、ウルトラマラソンなど極限にハードな状況にトライするようなランナーほど要注意です。
――良かれと思って練習を積んでいたのに、結果的にパフォーマンスの低下につながってしまうなんて本末転倒です……。
F:また、ハードなトレーニングや長時間の練習は炎症だけでなくお腹(腸)にもダメージを与えてしまうんですよ!
――お腹のダメージですか?
F:腸はからだに悪い影響を及ぼすものが体内に入らないように、内部の粘膜の細胞どうしがきっちりきれいに並んでバリアを形成しているのですが、ハードなトレーニングや長時間にわたるトレーニングによってダメージを受けると、通常はきれいに整然と保たれている腸の粘膜細胞のバリア機能が低下し、腸内細菌や毒素がバリアの隙間を通過してしまうんです。これによって身体の炎症がさらに悪化してしまうことがあるんですよ!
このお腹(腸)にダメージを与えるひとつの原因として、運動中の内臓への血液量の低下があげられます。ハードなトレーニング中、呼吸数や心拍数、心拍量数が増大すると、血液はどんどん筋肉へと優先的に送られます。つまり、消化器官などの内臓に回るはずだった血液量が減ってしまい、内臓は「酸欠」状態になってしまう。この状態で腸の粘膜細胞の間が拡がってしまい、その結果、腸の粘膜細胞のバリア機能を低下させてしまうんです。
――なるほど……! そういえば暑い日のトレーニングだと、さらに身体がしんどかった気がします。暑さは関係していますか?
F:そうですね。お腹(腸)にダメージを与えるもう一つの主な原因が運動時の熱ストレスです。特に暑い日の暑熱環境下におけるトレーニングでは、運動のための筋肉への血液、さらに体温調節のために皮膚表面への血液量が増えるので、まさに血液の取り合いになります。
このような状態でハードな運動や長時間の運動を継続したり、水分不足の状態で体温調節がうまくいかないと深部体温の過度な上昇を引き起こしてしまうこともあるんです。
この熱ストレスも、腸にダメージを与えてしまい、やはり腸の粘膜細胞のバリア機能を低下させてしまう原因となります。こちらも運動前や運動中、運動後にしっかり水分補給し、事前に深部体温を冷やす、過度な深部体温の上昇を防ぐ、などの対策をして、腸の粘膜細胞にとってのダメージを避ける工夫が必要になりますね。
――それでも、ほどほどの練習では足りない。ハードでも、走力アップのための練習を続けたいです! 先生、どうしたら良いのでしょうか?
F:特にハードな、また長時間のトレーニングに取り組む場合は、トレーニングと合わせてより食事や休息によって、身体を正常な状態にできるだけ早く回復させること…つまり身体のリカバリーまでをセットにして取り組んでいくことが大切です。練習量に応じたエネルギーや栄養素を1日3回の食事や補食、場合によってはサプリメントもうまく利用しながらしっかり摂取することが、基本的なことですが、最も重要です。適切エネルギーや栄養の摂取でランニングで生じる過剰な炎症を抑えることができるのでは、という報告もあります。
それから、合わせて行いたいのが、お腹(腸)へのダメージの対策です。腸のバリア機能の低下は免疫機能を低下させる原因となったり、全身の炎症をさらに悪化させてしまう可能性がある…と先ほどもお話ししましたが、お腹(腸)にかかるダメージの対策は、よいパフォーマンスで、質のよい練習に取り組むためにも重要なことなんですよ! ここにも普段の食事や練習前後の食事や補食、水分補給、練習前・中・後の栄養補給などがカギを握っています。
――よし! 頼みは食事ですね。食事や補食でどんな工夫をしたら良いのか、もっと知りたいです!
F:お腹のダメージを防ぐために必要な栄養素については、次回、詳しくご紹介しましょう!
(PART2につづく)
《参考文献・サイト》
▶アミノ酸スポーツ科学ラボ
・Amino Acids. 2021 May 15. doi: 10.1007/s00726-021-03001-y.
Cystine reduces tight junction permeability and intestinal inflammation induced by oxidative stress in Caco‑2 cells
・『シスチン・グルタミンミックス』は運動するときの疲れを防いでくれる!
⇒ https://sports-science.ajinomoto.co.jp/knw02_glutamine-mix/
・運動すると疲れるのはカラダ全体にダメージが起こり、お腹にもダメージを受けるから?
理想的なパフォーマンスを発揮のために知っておくべきこと!
⇒ https://sports-science.ajinomoto.co.jp/thm02_stomach-damage/
▶スポーツ栄養学最新理論 2020年度版 寺田新 編著(市村出版)
▶Association of Daily Dietary Intake and Inflammation Induced by Marathon Race
(Mediators Inflamm. 2019 Oct 7;2019:1537274)