ランナーズonline

TV主導の「与えられる喜び」とは異なる 多様な人々が、多様な目的で走る面白さを伝えたかった①

2025年11月01日

※本記事は『ランナーズ2026年1月号』掲載内容になります。

いかにして当社は立ち上がり、日本の市民ランニング界と歩みを共にしてきたのか?
当社創業者で前代表取締役社長の橋本治朗氏に現代表取締役社長の黒崎悠がインタビュー。
1990年代までに築いた「礎」が現在につながっている。


橋本 治朗 はしもと・じろう
1947年熊本県出身。法政大学社会学部社会学科を卒業後、写真事務所「MAY」設立。1975年12月、夫人の下条由紀子氏(初代ランナーズ編集長)と株式会社ランナーズを設立し、代表取締役社長に就任。翌年、ランニング専門誌「ランナーズ」を創刊。現在は2022年に設立した公益財団法人ランナーズ財団会長。ランニング界に貢献した個人や団体を表彰する「ランナーズ賞」等を主催している。


1975年のボストンが原点
エリザベス女王が国賓として来日、田部井淳子さんが女性として世界で初めてエベレストに登頂した1975年、カメラマンの橋本治朗と編集者の下条由紀子(夫婦)によって株式会社ランナーズが創業された。キッカケは仲間とともに楽しんでいた皇居ランだ。

――本誌はこの1月号が創刊50周年の記念号になります。まず、1975年当時、どのような環境の中で雑誌作りが始まったか、改めてお聞かせいただけますか。
橋本 今になれば、めぐりあわせというか、運命めいたようにも思えます。私はフリーのカメラマン、妻の下条は編集プロダクションに勤めていて、やがてフリーになります。同い年の二十代半ばでした。紀尾井町の文藝春秋社に出入りしていた頃、下条が勤めていた会社も近くだった。彼女は高校時代にテニスをやっていましたが、私は特にスポーツに関心があったわけではありませんでした。

そんな中、下条の会社に皇居を走っている人がいて、社内で宣言タイムレースをやることになった。自己申告のハンディ競走で、初めて走る彼女が最初にスタートし、最後まで抜かれなかった。それで調子に乗って走り出しました。たまたま、会社の下にあったスーパーの店長が千代田走友会の会長で「皆で青梅マラソンに出るからあなたも走れ」と。青梅マラソン30㎞の部に初めて女性が出場した74年。女性は下条を入れて4人だけ、そんな時代です。

皇居を走っているのは国会議員など多種多彩な人がいました。そのことを題材にしたグラビア記事を制作して、文藝春秋のデスクに話すと、誌面に取り上げてくれた。その年、山田敬蔵さん※1が市民ランナーを連れてボストンマラソンに行くという新聞記事を見つけると、同じデスクから「皇居の企画の評判が良かったから行って来ないか」と言われました。1ドル300円の時代には夢みたいな話で、予算内でライターを連れて行くことを了承してもらい、それが我々の新婚旅行でした。

そのボストンが衝撃的だった。女性の出場が認められて4年目、前の年にゴーマン美智子さん※2がデビューし、地元のビル・ロジャース※3が優勝したと大騒ぎ。ああいうマラソンは国内で見たことがなかった。

一般のランナーがたくさん走っていて、沿道の人波(応援者)に押されてコースが蛇行するんです。2人とも興奮し、下条が「雑誌を出そう」と言い始めた。千代田走友会にコネリーさんというアメリカ人がいて、こんなのがあると見せてくれたのが『ランナーズワールド』でした。アメリカでジョギングブームが始まっていることも分かり、下条はますますやる気になった。「貴方は写真を撮り自分が書いてデザインする、あとは印刷だけ」と。そんな簡単なものとは思わなかったけど、無理だとも思わなかったんです。







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