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ポジティブ脳で走れば30kmの壁は突破できる!!

2025年2月01日

※本記事は『ランナーズ2025年4月号』掲載内容になります。


レース本番まであと1週間。できるトレーニングはやった。あとは体調を整えて当日を迎え、スタートするだけ。……と思っている方、ちょっと待ってください。まだタイムを縮めるためにできることがあります。それは「脳」をポジティブな状態にすることです。本特集では、走る脳科学者の本田学さんとランニングコーチらによるセミナーの内容とすぐに使える「脳を活かした快走テクニック」を紹介します。

理論:レース中、ポジティブな言葉を投げかけ続ければ「火事場の馬鹿力」を引き出せる

脳科学者でサブフォーランナーでもある本田学さんと新澤英典コーチ、ウルトラランナーの小谷修平さんが「最先端の脳科学をランニングに活かす」をテーマにセミナーを行いました。
※セミナーの内容から抜粋して編集(敬称略、プロフィールは掲載当時のもの)

新澤:まず私と小谷さんの実例で、レースで力を発揮するために脳の影響の大きさを感じた経験談を紹介します。小谷さんは台湾での24時間走で12年ぶりに自己ベストを出して2位になった際、終盤キツくなった場面で自分を叱咤激励したとSNSに書いていました。

小谷:このレースで意識したことの1つが、まず自分を褒めることです。例えば計画した補給を取った時に心の中で「よし、計画通りだ」と自分を認めて褒めてあげる。レトルトのご飯を食べた時は、一瞬歩きましたが「これは将来への投資だ。これで1時間後、2時間後楽になる」とポジティブな言葉を自分に語りかける。そうすると全体的な心のレベルが上がっていったのか主観的なキツさが減り、集中できる時間も長くなりました。

新澤:私は2013年にサロマ湖100kmで自己ベストを目指して走るも、50km過ぎでキロ6分が保てなくなり「今日は自己ベストは難しい、9時間半切りでいいか……いや良いわけない」と気持ちを入れ替えた時に、たまたま後ろから速いランナーに抜かれたのでついていきました。そうしたら意外とキロ5分ぐらいで楽に走れたんです。それまでキロ6分がキツくてしょうがなかったのに。そうしたらその瞬間にフッと気持ちが変わってそのランナーを抜き、前のランナーも次々に抜いていくとどんどん気持ちが盛り上がり、80㎞過ぎまでその調子で行けました。ただ90㎞の折り返しで、折り返し地点を勘違いして少し戻るということがありました。すると、調子よくいっていたのが完全に切れてしまった。その途端、それまで全然感じていなかった痛みが急に出てきて、キツくなりました。これは脳科学的にどんなことが言えるでしょうか。

本田:新澤さんはいわゆるひとつのランナーズハイの状態になっていたのだと思います。ランナーズハイの状態は脳の中の報酬系、いわゆる快感を生み出す神経回路が活性化されることによっていろんなものがポジティブになっている状態です。脳科学の世界では意識変容状態といいます。抜かれたランナーについていってすごくポジティブになった時は脳の中の報酬系が活性化している状態だったと思います。それがあるキッカケで一気に冷めてしまったということです。


新澤:私のクラブのメンバーで、初めてサブスリーした時にエナジージェルのパッケージにすごくポジティブになるような言葉を書いてこれを読んだら絶対効くんだと決めておいて、実際にレース中それをとって身体が軽くなったという人がいました。

本田:それは一種の暗示と言えます。暗示によって、薬理学的にモルヒネと同じように神経に働きかけてモルヒネを投与したのとほとんど同じような効果を引き起こせることが実験で明らかになっています。モルヒネは報酬系にも働きます。報酬系を活性化する上では、暗示の持つパワーはモルヒネよりも強いと言えます。実はモルヒネは人間が身体の中で自分で作ることはできないんですが、このモルヒネが効いている神経系に作用するベータエンドルフィンと言われる物質は自分で作ることができます。このベータエンドルフィンはランナーズハイの背景にあると考えられているすごく強い快感物質です。小谷さんの24時間走でのお話は自己暗示と言え、意識的にポジティブな言葉を自分に言い聞かせることで相当にベータエンドルフィンを出し続けたんじゃないかと思います。

小谷:この24時間走に向けて、毎日30分以上かけて脳内でシミュレーションをしていました。こんな場面で自分はこう考えると決めて、頭の中で何度も何度も繰り返すのです。これも脳科学的に意味があるでしょうか。

本田:それはいわゆるメンタルシミュレーションというもので多くのスポーツで非常に効果があると言われています。実際に身体を動かしていなくても、メンタルシミュレーションによって脳の中で複雑な運動を司る運動前野や補足運動野といったところが増強され強く活性化します。脳のレベルでの準備のようなもので、とても有効です。

新澤:私のクラブのメンバーで、 多忙で月間 50 ㎞ぐらいしか走れ ずに100㎞マラソンに出た方がいたんですが、結果的に制限時間までかなり余裕のある11 時間台でゴールしました。その方が言うには、キツくなった時に とにかくいろんなネガティブな言葉が頭に浮かんだけれども、 それを全てポジティブな言葉に変えたと。そしたらすごく力が湧いてきたと言っていました。

本田:ポジティブワードによる自己暗示によって報酬系が活性化されることは、一種の「火事場の馬鹿力」と似たようなところがあります。その状態をうまく引き出すことはとても重要なことだと思いますね。

小谷:ネガティブ、ポジティブも行動の習慣と同じで、思考の習慣だと思っています。大会に限らず日々の至るところをポジティブに書き換えることを習慣付けてしまえば、それが自分にとって自然になると思います。

本田:失敗しても自分に優しくする。日々の自分とのセルフトークを、とにかく気を払って良くしていこうとすることは、価値があることだと思います。


セミナー講師・登壇者プロフィール


本田 学(ほんだ・まなぶ)
■本田 学(ほんだ・まなぶ)
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター神経研究所疾病研究第七部部長。脳の情報処理の側面から精神・神経疾患の病態解明と治療法について研究。自身もランナーで川の道フットレース513kmなどを完走。
■新澤 英典(しんざわ・ひでのり)
損害保険会社を早期退職しランニングクラブ「ウルトラプロジェクト」を発足。ポータルサイト「ウルトラランナーへの道」運営。39歳でランニングを始め45歳でサブスリー。ウルトラマラソンは100kmを中心に走り31回完走中27回サブ10。
小谷 修平(こたに・しゅうへい)
■小谷 修平(こたに・しゅうへい)
東大大学院修了後フィットネスクラブに3年間勤務し、2016年にランニングショップHolosを創業。オリジナルブランド「Catalyst」のサプリメントなどを開発・販売。13年と17年に24時間走日本代表として世界選手権出場。




ハウツー:レース直前&当日に使える「脳」を活かすテクニック×11

過去本誌に掲載した「脳を活かして快走する方法」をご紹介。
※下記で掲載した内容を一部編集して掲載(敬称略、プロフィールは掲載当時のもの)
【提供指導陣】:中台慎二(ハリアーズコーチ、'10年100km世界選手権優勝/2016年3月号)、後藤敏雄(ランナーズエイド・カイロプラクティック代表/2016年7月号)、佐藤浩(明治国際医療大学アドバイザリーコーチ、BESTS代表取締役/2023年12月号)、古川大晃(東京大学大学院博士課程、「追尾走」を研究/2023年12月号)

【レース前①】3パターンのレース展開をイメージしておく
レース前日や当日の朝にイメージトレーニングをすることは、快走のために効果的です。ただ、その際自己ベストや最高の結果だけをイメージして本番の目標にすると、そのペースから遅れてしまった時に一気に集中力が低下して身体が動かなくなってしまいます。最高の目標、次点の目標、最低限の目標と3パターン程度用意してシミュレーションしておくことがお勧めです。そうすればもし途中で身体が思うように動かなくなったりしても、目標を切り替えることができ、最後まで集中を途切らせることなく走り続けられるでしょう。(佐藤さん)

【レース前②】「今日は苦しくなりそう」と覚悟しておく
レース中に脳が感じるキツさとは予測とのギャップで生まれるという研究があります。例えばフルマラソンで、「ハーフの地点ではこのぐらいで、30kmだとこのぐらい苦しいはず」という事前の予測よりも身体がキツいと脳はよりキツく感じますし、逆に予測より身体が楽だとキツさは感じない(脳が元気になっていく)のです。一般的なイメージトレーニングではうまくいっている想像をすることが多いと思いますが、時には「苦しいレース」を想像しておくことで、本番楽に走ることができるかもしれません。「苦しい想像」は難しいかもしれませんが、試してみてください。(古川さん)

【レース前③】不安に駆り立てられたら新しいことを取り入れる
お勧めは、これまでとは異なる新しい何かを取り入れることです。例えば「新しいジャンルのサプリメントやグッズを使ってみる」でもOKです。これに「期待」をかけることで、気持ちの中に占める不安の割合を少なくすることができると考えます。なお、不安の80%は思い込みで実際には起こらないと言われています。このことも知っておいた方がいいでしょう。(後藤さん)

【レース中①】レース中は何かひとつに集中する
レースの時に力を出し切るには、自分から集中する状態をつくることが大切です。それには、何か一つ五感に集中することがお勧め。例えば「走っている時に自分の影を見る」(視覚集中) 「ウォーミングアップの時にウエアの擦れる音を聞く」(聴覚集中)など。五感の中でも視覚は全情報の70%あるので、取り入れやすいと思います。レース前には「自分の手のほくろを見つめる」、レース中には「前のランナーのゼッケンの角を見る」など。レース前の緊張とレース中の苦痛のいずれに対しても効果的です。(佐藤さん)

【レース中②】沿道に手を振るなど周囲の環境を味方に
レースが展開する中で、「あのランナーを抜こう」「このドリンク美味しいな」「応援してくれている」と周りから刺激を受けるのも有効。小さなことでも見つけて自分のモチベーションに転換していくことが大切です。沿道に手を振るのも前向きな気持ちになれます。レース前やレース中にサプリメントを飲む場合は漫然と飲むよりも、「この成分が筋肉にこの作用で効く」「あの有名な人も使っている」と自分なりに納得してから飲むと、脳が「効く」と思い込んでより効果的になります。(中台さん)

【レース中③】脚が痛くなったら脚を叩く!
脚が痛くなったらまず、自分の限界に近いところまで追い込むことができている証と捉え、「なんでダメなんだ」と悲観する前に、そこまで頑張ってくれた自分の脚や身体に感謝しましょう。それでも痛みが消えない場合は、「太ももなどを強く叩くこと」が痛みを消す特効薬になりえます。基本的に脳は最も強い刺激に集中しやすいと思っているので、外部から質の違う強い刺激を入れることによって、疲労が原因で生じた当初からの痛みをごまかすことができます。(後藤さん)

【レース中④】目標達成時のごほうびを探す
「いい結果が出たら知り合いにどうやって伝えよう」「SNSにどんな文章をアップしよう」とうまくいった自分を想像しながら走ることで、プラス思考を維持することができ、気持ちが切れるのを防ぐことができます。(中台さん)

【レース中⑤】上り坂で心が折れそうなときは地面や足元を見る
上り坂の頂上までの距離があまりに長いと「きつい!」と考えがちです。この一瞬のネガティブ思考も脳にはマイナスに働くので、上り坂走行中は、地面や足元を見るようにしましょう。(後藤さん)

【レース中⑥】歩きグセのある人はポジティブな言葉を常に視界に入るように
脳は自分が意識していることの関連情報を気づかぬうちに取捨選択していると言われます。「今日も歩いてしまいそう」などと思っていると、たとえば少し脚が張ってきただけで「まずい!」と過剰に捉えてしまいます。そのためポジティブな言葉を常に自分の視界に入る場所に書いておくことをお勧めします。他のランナーの背中に書かれたポジティブな言葉や元気なランナーに目を配ることも有効です。(後藤さん)

【レース中⑦】雨のレースは悪天候に順応するチャンス
日常生活における雨天の際に傘をささない、という選択肢はないでしょう。ただ、ランニング中だけは童心に戻って雨に打たれながら思い切り活動することができます。これが実はストレス発散になったりします。ランナーだから味わうことのできる「貴重な機会」と捉えると、その後のいかなる環境のレースにおいても力を発揮できる自信となるものです。「あんな悪環境の中でも走ったぞ!」と。(後藤さん)

【レース中⑧】沿道の応援に「ありがとう」と声を出して応える
レース中、30km地点など苦しくなってきた時にお勧めできるのが「ありがとう」と沿道に声を出して応えたり、つぶやくこと。「ありがとう」というお礼の言葉を口にすると、人が感謝している時に分泌されるベータエンドルフィンが脳から出ることが期待できます。ベータエンドルフィンには鎮静作用をもたらす効果があるので、苦しさが軽減されたり痛みが楽になって身体が動きやすくなると考えられます。(佐藤さん)



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